手術不能となった進行大腸がんに対する主な治療は抗がん剤治療であるが,治療後の再発や転移が根治を阻む課題となっている。再発や転移の原因として,薬剤治療後のがん組織に残存する“がん幹細胞”の存在が提唱されている.がん幹細胞とは,がん組織の中で自己複製能と分化能を併せ持ち,たった1つの細胞からでも腫瘍を形成する能力を持つ細胞である。再発や転移を根絶するためには,がん幹細胞機能を詳細に解析する必要がある.
固形組織であるヒト大腸がんのがん幹細胞研究は、組織からの単離とセルソーティングを介すこれまでの実験手法が細胞に適合せず、技術の限界に妨げられていた。大腸組織は幹細胞から分化細胞へのヒエラルキーが立体構造を形成し、幹細胞維持には細胞同士の相互関係が重要となっているため、組織の構造を保ったままがん幹細胞機能を解析可能なプラットフォーム開発が急務だった。
我々は,オルガノイド培養にCRISPR/Cas9ゲノム編集によるノックイン技術と,組織構造全体を解析可能な多次元イメージング技術を掛け合わせることで,生体内環境を維持した大腸がん幹細胞解析プラットフォームを新規に開発した。これまでの研究では,ヒト大腸がんオルガノイドの幹細胞と分化細胞を蛍光可視化し、この改変オルガノイドをマウス皮下へ異種移植することで腫瘍形成し、幹細胞ヒエラルキーを保ったがん組織構造を再現した。また、がん幹細胞の子孫細胞を可視化して増殖の様子を追跡することで自己複製・分化・腫瘍形成能を解析し,がん幹細胞機能を実証した。さらに,異種移植したマウスに対して、がん幹細胞だけを狙った薬剤療法と現在の治療法の併用療法を行い、劇的な腫瘍縮小効果を示し,がん幹細胞標的治療の有用性を示した(Nature 2017).
現在は、先の研究で解明できなかった疑問、化学療法後の再発・転移への関わるがん幹細胞のダイナミクスや,がん幹細胞維持に寄与するニッチシグナルの解明を目指し、がん幹細胞を生体内で1細胞から追跡するイメージングシステムを新規に開発している。がん幹細胞ヒエラルキー・がん幹細胞機能の実証から、化学療法耐性や再発・転移メカニズム解明、がん幹細胞維持に必要なニッチシグナルの解明へ、より詳細な解析はがんの根源治療への道を開くものである。