消化器がんオルガノイドの研究から、正常消化器組織幹細胞を維持するシグナル経路に遺伝子変異を持ったがん細胞は、そのシグナルに依存せずに幹細胞性を維持し、増殖し続ける能力を獲得することがわかった。それでは、これらの遺伝子変異を人工的に正常の細胞に導入したら、その細胞はがんになるのだろうか?我々は、オルガノイドへ変異を導入することによって人工的に疾患オルガノイドを作製することを目指した。変異を持った細胞のニッチ因子非依存性を巧みに利用することで、変異オルガノイドを効率的に選択できることに気づき、変異を導入するたびに対応するニッチ因子を除去した培養条件に変えることで変異オルガノイドを選択した。変異導入とニッチ因子除去培地によるセレクションを繰り返すことで、正常大腸オルガノイドへAPC(WNTシグナル), KRAS(EGFシグナル)、SMAD4(TGF-bシグナル)およびTP53の4つの遺伝子変異を導入した遺伝子改変オルガノイドの作製に成功した。この人工大腸がんオルガノイドはすべてのニッチ因子に対する非依存性を獲得し、マウス腎皮膜下への異種移植では腫瘍形成能を示したため、生体内においてもがん組織を再現した。しかし、この異種移植腫瘍は比較的良性の組織病理を示し、転移能も示さなかった。一方、腺腫由来オルガノイドに同様の4つの遺伝子改変を施し人工大腸がんオルガノイドを作成すると、組織学的悪性度と肝転移能を獲得した。したがって、がんの悪性化には幹細胞シグナル関連の遺伝子変異以外の要素が必要であると考えられる。
このように、疾患を現在までの理解に基づいて再現し、それをさらに解析することで、これまでわかっていない疾患の発生機構が解明される可能性が広がる。